スパイ防止法をわかりやすく解説 なぜ日本にはないの?必要なの?

スパイ防止法をわかりやすく解説 なぜ日本にはないの?必要なの? 政府

スパイ行為とは、外国のために日本の重要な情報を集めて伝える行為のことです。国家の安全や経済に大きな影響を与えるにもかかわらず、実は日本にはスパイ行為そのものを取り締まる「スパイ防止法」がありません。この事実は多くの人にとって驚きではないでしょうか。

では、なぜ日本にはこの法律がないのでしょうか。過去に法案が提出されたにもかかわらず廃案となった背景には、表現の自由や知る権利といった基本的人権への強い配慮がありました。しかし、近年では国際的な情報戦が激化し、日本でもスパイ防止法を整備すべきだという声が再び高まっています。

今回は、スパイ防止法をめぐる過去の経緯や今の議論、そしてその必要性や問題点について、できるだけわかりやすく丁寧に解説していきます。

スパイ防止法とは何か?

スパイ防止法とは、外国のために国家の機密情報を盗み出す「スパイ行為」を防ぐための法律です。たとえば、外国の工作員が防衛、外交、経済、安全保障などに関わる重要な情報を入手して本国に持ち帰る、あるいは漏洩させる――そういった行為を未然に防ぎ、処罰できるようにするのが目的です。

しかし、実は日本にはこの「スパイ行為」そのものを明確に定義し、包括的に禁止する法律が存在していません。日本では「外患誘致罪」「特定秘密保護法」「刑法の外患罪」などが断片的に対応していますが、それらは適用範囲が狭く、実効性に乏しいとの指摘があります。

なぜ今、再び注目されているのか?

2025年現在、再びこの法律が注目されているのは、以下のような国際的背景があります。

  • 中国やロシアなど、諜報活動を活発化させている国々との緊張が高まっている
  • 国際的な機密情報の共有(たとえば、アメリカ・イギリス・オーストラリアなどとの安全保障連携)が、法整備の有無で制限される恐れ
  • 日本人が海外で「スパイ容疑」で拘束される事例が相次いでいる(交換交渉ができない日本の制度上の弱さが露呈)

自民党の高市早苗氏や国民民主党の玉木雄一郎氏らは、「40年前に廃案となった過去を乗り越えて、今こそ法整備が必要」と主張しています。

40年前の「スパイ防止法案」とは?

この問題の原点は1985年にさかのぼります。岸信介元首相を中心とする議員たちが「国家機密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」を提出しました。

当時の法案では、防衛・外交などの国家機密を外国に漏らした場合、最悪の場合「死刑」に処すこともありうるという極めて重い内容でした。また、「探知」「収集」「他人に漏らす」など、広範な行為が処罰対象とされていました。

当時の批判ポイント

この法案に対しては以下のような批判が集中し、最終的に廃案となりました。

批判内容詳細
国家機密の定義が曖昧「何が秘密か」が行政側の一存で決められ、恣意的運用の危険がある
言論・取材活動への制限ジャーナリズムや市民の情報収集も「スパイ行為」と見なされる可能性
死刑を含む重罰規定他の法律と比べても過度な重罰で、人権侵害の恐れが高い
教唆犯や予備罪の範囲が広い実際に行動を起こしていなくても「教唆」だけで罰せられる可能性

日本弁護士連合会(日弁連)も「言論・表現の自由や国民の知る権利を侵害する極めて危険な法案」として強く反対しました。

なぜ慎重論が根強いのか?

現在でも外相・岩屋毅氏や一部の国会議員からは「慎重に検討すべき」という声が上がっています。その理由として、2013年に成立した「特定秘密保護法」の前例が挙げられます。

この特定秘密保護法も、制定時に大きな国会論争を巻き起こしました。知る権利と国の安全保障のバランス、報道の自由の制限、人権侵害の懸念など、激しい対立が起きたからです。

岩屋氏は「スパイ防止法の必要性は理解しているが、知る権利や基本的人権に十分な配慮がなされなければならない」と繰り返しています。これは、一見スパイを取り締まる目的の法律が、結果として政府批判や市民活動の萎縮を招く危険性があることへの懸念に他なりません。

本当に必要なのか?──論点整理と筆者の見解

では、「スパイ防止法」は本当に今の日本に必要なのでしょうか?

結論として筆者は、「一定の条件とチェック機構を備えたスパイ防止法の制定は必要」だと考えます。理由は以下のとおりです。

  1. グローバル安全保障の枠組みに入るためには、共通の法制度が必要
    情報共有の信頼性が問われており、法整備がないと日本だけが蚊帳の外に置かれる恐れがあります。
  2. 中国やロシアなどの諜報リスクが現実化している
    実際に中国ではスパイ容疑での逮捕が続出。日本人の安全保障のためにも対抗手段が求められています。
  3. 現行法だけでは対応が困難
    「外患誘致罪」などでは証明のハードルが高く、未然防止としては不十分です。

ただし、以下の条件は絶対に必要です。

  • 「国家機密」の範囲を法律で明確に定義すること
  • 行政が恣意的に秘密指定できないよう、第三者機関のチェックを義務づけること
  • 報道・表現の自由を保障する条項を明記すること
  • 通報者保護制度(内部告発の保護)を整備すること

これらを満たさない「旧来型の監視強化法案」は、かえって民主主義を危機に陥れるため断固として反対すべきです。

なぜ反対の声が根強いのか?

スパイ防止法に対して強い懸念が示される最大の理由は、「言論の自由」「取材の自由」「知る権利」との衝突です。

たとえば、報道機関が防衛や外交に関する疑惑を追っていた場合、政府が「それは国家機密だ」と指定すれば、記者や取材対象者が処罰される可能性が出てきます。これは、ジャーナリズムが持つ「監視の役割」が機能しなくなることを意味します。

1985年当時、スパイ防止法案が廃案となった背景には、次のような実例が考えられていました。

  • 外交文書や防衛契約に関する内部告発が違法化される
  • 公務員による内部リークが厳罰対象になる
  • 日常会話やSNSのやりとりすら「漏洩」に含まれる可能性がある

こうした状況は、民主主義の根幹を支える「透明性」と「批判的報道」を損ね、国民が「正しい情報にアクセスする自由」を奪う結果につながります。

「秘密」の定義があいまいすぎる危険

もう一つの重大な問題は、「国家秘密」の範囲があまりに広く、政府が自由に決められる点です。たとえば以下のような曖昧さが問題視されています。

問題点内容
国家秘密の定義が不明確「防衛」「外交」など広義の概念に含まれるもの全てが指定対象になり得る
行政の恣意性行政当局が「これは秘密」と判断すれば、それが事実上の法律となる
検証手段がない外部から「それは本当に機密か?」と問いただす制度がない

この状態では、「不都合な真実」を隠すために“国家機密”を乱用することも理論上可能です。

たとえば、環境汚染や人権侵害に関する政府の不正を内部告発しようとしても、それが「安全保障上の情報」とされてしまえば、通報者は罪に問われるという構造です。まさに、政府による“ブラックボックス国家化”の危険があるのです。

死刑を含む重罰規定は妥当なのか?

1985年案で特に問題視されたのが、死刑を含む重罰化でした。特に以下の懸念があります。

  • 刑法とのバランスを欠く(たとえば殺人よりも重い場合がある)
  • 教唆・予備・過失行為まで広範囲に処罰対象となる
  • 実行者だけでなく、関与した者全体を対象とする規定が不明確

国際的にも、民主国家で「スパイ防止法に死刑」が含まれているのは極めて異例であり、「時代錯誤」との批判が強まっています。

「萎縮効果」という副作用

仮にスパイ防止法が制定された場合、直接罰せられなくても国民やメディアが委縮する“副作用”が懸念されます。

  • 公務員が内部告発をためらうようになる
  • メディアが政府批判を避けるようになる
  • 国民が国際情勢や外交政策への関心を持たなくなる

こうした「見えない圧力」は、民主主義の息の根を止めるに等しい現象です。特に、国民が政治に関心を持たなくなることは、独裁や腐敗の温床となります。

では、まったく必要ないのか?

ここで重要なのは、「スパイ防止法=悪」ではないということです。

むしろ現代の情報社会において、海外の諜報活動やサイバー攻撃への備えが必要なのは明らかです。問題は、「どう設計するか」にあります。

筆者の結論は以下の通りです。

スパイ防止法そのものは必要。しかし、あらゆる人権への配慮と情報公開の仕組みが前提でなければならない。

具体的には以下のような制度設計が求められます。

  • 「国家秘密」の範囲と定義を法律上に明記する
  • 秘密指定に対する第三者チェック制度(国会や独立委員会)を導入する
  • 報道・取材活動への適用除外規定を設ける
  • 通報者保護制度を法的に整備する

こうした措置がないままスパイ防止法が通れば、それは「治安維持法」の再来と呼ばれても仕方ありません。

なぜ日本にスパイ防止法がないのか?

日本には明確な「スパイ防止法」が存在しません。これは先進国の中でも異例です。

アメリカには1917年成立の「エスピオナージ法(Espionage Act)」があり、スパイ行為に加えて機密漏洩に関する広範な規定があります。イギリスも「Official Secrets Act(公的秘密法)」を持ち、国家機密に関する情報の漏洩を厳しく罰しています。フランスやドイツ、中国やロシアは言うまでもなく、諜報・スパイ行為に対して非常に強力な法制度と公的組織を備えています。

それに対して日本には、機密情報の保護として「特定秘密保護法」や「自衛隊法(防衛秘密)」はあるものの、「スパイ行為」を直接取り締まる包括的な法律は存在していません。スパイ行為を処罰しようとすれば「外患誘致罪(死刑)」「国家公務員法(守秘義務違反)」などを使うしかなく、現実的に摘発・処罰は極めて困難です。

この状態を専門家はしばしば「諜報防衛のブラックホール」と呼びます。

ではなぜ、日本だけがこのように法整備を進めてこなかったのでしょうか?主な理由は以下の通りです。

戦後の反権力意識と治安維持法のトラウマ

日本は戦前に「治安維持法」によって思想・信条・報道の自由が厳しく制限されてきた歴史があります。こうした過去への反省から、戦後の憲法(第21条)は言論・表現の自由を強く保障し、政府による「情報統制」への警戒感が国民の中に強く根付いています。

そのため「スパイ防止法」と聞いただけで、「また国家が国民を監視するのか」「報道を弾圧するのか」という強い反発が起きやすくなっています。

情報機関の未成熟と政治の腰の引けた対応

日本にはCIAやMI6のような「国家諜報機関」は存在しません。内閣情報調査室(CIRO)や公安調査庁があるものの、それらは法的・予算的にも権限が限定されています。

自衛隊の情報保全隊もありますが、基本的には「国内防衛の延長」であり、海外での諜報活動やスパイ摘発を本格的に行う体制は整っていません。

また、政治家自身が「諜報」という分野に消極的だった歴史もあります。スパイ防止法を進めると「軍国主義の復活」と非難されるリスクを避け、問題の本質には長らく向き合ってきませんでした。

国際的には何が問題なのか?

スパイ防止法が存在しないことで、日本は次のようなリスクに直面しています。

リスク内容解説
機密共有からの除外アメリカやイギリスは「Five Eyes(情報同盟)」のような枠組みで情報を共有しているが、日本は法制度が未整備なため信頼されにくい
外国勢力の諜報活動中国・ロシアなどの「非合法な情報収集活動」の温床になりやすく、摘発も困難
日本人の保護が困難日本に「スパイ罪」がないため、他国で日本人がスパイ容疑で逮捕されても交渉のカードにならない(スパイ交換の前提が存在しない)

特に問題なのは、近年の「経済スパイ」や「サイバー諜報」が国家の安全保障と直結していることです。機密情報の窃取が戦争や企業破綻につながる時代において、法的な「盾」がないというのは国益を著しく損ねる状況です。

法整備を拒むことは本当に国民のためか?

一部の論者は「スパイ防止法がないからこそ日本は民主国家であり続けられた」と主張します。しかし現実には、法整備を拒んできたことが以下のような“裏目”にもつながっています。

  • 自衛官や公務員がスパイの標的になっても防げない
  • 日本企業の技術流出(産業スパイ)を法的に止められない
  • 日本の記者が中国で拘束されても、交渉材料がない

つまり、「人権を守るために法を整備しない」という選択肢が、実は「国民の安全と権利を守れない」という逆説に陥っているのです。

グローバルな現実に即した法制度へ

筆者は、日本がこれ以上「法整備の空白」に甘んじるべきではないと考えます。もちろん、乱用される法制度は危険です。しかし、だからといって法制度を持たないことが解決策ではありません。

「必要なのは、恣意的な秘密の乱用を防ぐ“仕組み”であり、法そのものを否定することではない」

欧米諸国のように、スパイ行為を明確に定義し、適切な手続きと権利保護制度を整えたうえで、法を制定すべき時期に来ています。

スパイ防止法に代わる現行制度の限界

スパイ防止法がない現在、日本ではいくつかの法律が代替的な役割を果たしています。代表的なものを挙げると以下の通りです。

現行法主な内容限界
外患誘致罪(刑法81条)外国と共謀して日本に対し武力行使をさせた者に死刑実際の適用例がなく、スパイ行為の多くが該当しない
国家公務員法(守秘義務)公務員が職務上知った秘密を漏らす行為の禁止対象が「公務員」に限られ、民間や外国勢には無力
特定秘密保護法政府が定める「特定秘密」を漏洩した者への罰則「秘密指定の正当性」が政府判断に委ねられ、不透明との批判あり
自衛隊法・防衛秘密自衛隊に関わる機密の保護対象が限定的で、包括的なスパイ行為全体をカバーできない

これらの法律は、スパイ行為を断片的には取り締まれるものの、「未然に防ぐ仕組み」や「包括的な摘発権限」は存在しないのが現状です。たとえば、外国人留学生が研究成果を密かに持ち出していたとしても、それをスパイ行為として捜査・摘発できる法的根拠は不十分です。

「監視強化」と「人権擁護」は両立できるか?

スパイ防止法を巡る議論では「国家権力による監視強化」と「人権侵害」の対立構図が定番です。しかし本当に、この2つは“二者択一”なのでしょうか?

筆者の答えは「いいえ」です。むしろ、法制度の設計次第で両立は十分に可能です。以下にその条件を提示します。

1. 第三者機関による秘密指定の審査制度

行政が独断で「これは国家秘密」と決定できてしまう体制では、恣意的運用が起こりえます。そのため、情報公開審査会のような独立したチェック機関が必要です。

この機関には弁護士・ジャーナリスト・学識者など多様な視点を持つ専門家が入り、「この秘密指定は適正か?」「公益性があるか?」を審査することで、濫用を防げます。

2. 報道・表現活動に対する適用除外条項

法律上、「公益目的の報道」や「国民の知る権利に資する内部告発」は処罰対象から外す、という明文規定を設けるべきです。

そのうえで、取材の正当性や意図を確認する審査プロセス(公開ヒアリングや非公開審理)を法制度内に用意し、捜査の透明性を確保する仕組みが重要です。

3. 通報者保護と公益通報制度の整備

内部告発者がスパイや裏切り者とされてしまっては、正義の発露も抑圧されてしまいます。公益通報者保護制度を強化し、公務員や研究者が不正を告発できる安全な環境を整えることが、逆説的にスパイ防止法を健全に運用する鍵となります。

どのような法案なら国民に支持されるか?

法案づくりで大切なのは「内容」だけではありません。「プロセス」も極めて重要です。

  • 国会での十分な審議(短期決議の回避)
  • パブリックコメント制度の活用
  • 条文の「平易な日本語化」(わかりやすさ)
  • 市民団体や報道機関との意見交換会

こうした民主的プロセスの積み重ねが、スパイ防止法を「政府の都合の良い道具」ではなく「国民のための安全保障法」として定着させる鍵です。

日本がスパイ防止法を必要とする理由は、戦争準備や監視国家化ではありません。むしろ、国民一人ひとりの命や財産を守り、日本の国際的信頼を確保するための「透明な盾」が求められているのです。

情報を隠すための“壁”ではなく、守るための“盾”としてのスパイ防止法。
それが「現代民主国家の標準装備」であるべきです。

ただし、盾は使い方を間違えると武器にもなります。そのためにこそ、制度設計と運用監視の二本柱が不可欠です。

参考資料

「国家機密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」に反対する決議(日本弁護士連合会)
衆議院議員丸山穂高君提出スパイ活動に対抗し得る体制の確立に関する質問に対する答弁書(衆議院)

この記事を書いた人

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