予算は組んだら終わりではありません。実際に使われたお金が、どのように成果を生み出したのかを後から点検する――それが「予算執行調査」です。この記事では、2025年に財務省が発表した最新の調査結果をもとに、無駄とされた事業の実態や、求められた改善策をわかりやすく解説します。自動運転バスの実証実験や、国民健康保険組合の補助金問題など、注目の事例を通じて、税金の使い方がどう評価されるのかを知りましょう。
予算執行調査とは何か?
「予算執行調査」という言葉を聞いて、すぐにその内容を説明できる人は多くないかもしれません。しかしこの調査は、わたしたちの税金が本当に無駄なく使われているかをチェックする、いわば「政策の健康診断」です。特に最近では、自動運転や医療DXなど新しい分野の公共事業に対し、費用対効果を重視する動きが強まっており、予算執行調査の重要性はますます高まっています。
そもそも何をしている調査なのか?
予算執行調査とは、財務省が毎年行っている「政策の実地チェック」です。各府省が予算を使って行っている事業が、本当に必要だったのか、効果が出ているのか、そして効率よく執行されているかを、3つの観点(必要性・有効性・効率性)から点検します。例えば「この事業は住民にとって必要だったのか?」「その効果はどのくらいあったのか?」「もっと安くできなかったのか?」といった問いを通して、公的資金の使い方を見直すわけです。
調査の仕組み
調査の流れはおおまかに次のようになっています。
- 財務省がテーマや対象事業を選定(各省庁や地方自治体からの情報収集も含む)
- 財務局と連携して、現地ヒアリングや文書調査を実施
- 調査結果をもとに改善要請(場合によっては制度改正のきっかけにも)
- 次年度の予算編成(概算要求)の資料として反映
たとえば2025年6月に発表された最新の調査結果では、28事業が取り上げられ、医療・交通・福祉など多岐にわたるテーマについて改善要請がなされました。
なぜ事前でなく“事後”なのか?
日本の予算制度には「査定」と呼ばれる仕組みがあり、各府省の予算案は財務省が厳しくチェックします。しかし、その段階では未来の事業計画にしか過ぎません。実際に執行された後にどうだったのかを検証する仕組みが、この「予算執行調査」です。
この事後チェックによって、毎年繰り返される事業の「ムダ」や「形骸化」した制度が明るみに出ます。いわば、次年度以降の予算の“質”を高めるための再点検なのです。
対象となる事業は?
対象になるのは、国の予算で補助・委託されている全国各地の実施事業です。たとえば以下のような例があります。
- 地方自治体が行う高齢者福祉サービスの補助金事業
- 国交省が推進する交通系インフラの実証実験(例:自動運転バス)
- 厚労省が所管する医療機関向けIT化支援
特に注目されやすいのは、「技術系の先端プロジェクト」や「継続的に補助金を受けているが成果が見えにくい事業」です。
過去の調査がきっかけで変わった例も
この調査がきっかけで実際に制度改正や補助金の見直しにつながることもあります。たとえば、農水省の輸入米事業の見直しや、厚労省が補助している職域国保の補助率見直しなどは、過去の予算執行調査での指摘から動き出したものです。
つまり、調査結果は単なる「批評」ではなく、現実の政策や予算編成に直結する重要な材料となっています。
民間や自治体にとっての意味は?
この調査は、自治体や民間事業者にとっても他人事ではありません。なぜなら多くの補助金・委託金は、地方自治体や企業、NPOなどを通じて執行されているからです。調査結果を見れば、どのような事業が「無駄」と見なされ、どのような点が評価されるのかがわかります。
この視点を持って事業計画を立てることで、予算獲得後も継続性のある仕組みづくりが可能になります。財務省が言っているのは、「きちんと目的と成果を見せてください」「そのために指標やデータを用意してください」ということなのです。
2025年調査の概要と特徴
2025年6月27日に財務省が発表した「令和7年度予算に向けた予算執行調査」では、全国の補助事業や公共施策を対象に、計28件の事業について詳細な調査結果が示されました。この章では、その全体像と今年度ならではの特徴についてわかりやすく整理していきます。
今回の調査対象と方法
まず、今回の調査で取り上げられたのは以下の通りです。
- 対象事業数:28件(うち30件中、調査が完了した分)
- 調査方法:財務省本省による調査、または財務局との共同調査
- 調査視点:必要性・有効性・効率性の3観点で評価
この「3つの評価軸」が、予算執行調査の基本的な柱です。
評価軸 | 主なチェック内容 |
---|---|
必要性 | 社会的課題に対応しているか、制度設計の妥当性 |
有効性 | 成果が出ているか、効果があったか |
効率性 | コストに見合った成果が出ているか |
たとえば、必要性の観点では「そもそもこの事業はやるべきだったのか?」が問われ、有効性では「やった結果はどうだったか?」が問われます。そして効率性では「このコストで妥当だったのか?」という評価が加わるわけです。
公表のタイミングと狙い
予算執行調査の結果は、次年度の予算編成に反映されることを目的として、毎年春から初夏にかけて公表されます。今回の調査は2024年度に実施され、2025年6月末に公表されました。これは、各省庁が2026年度の概算要求(=来年度予算の要求書)を財務省に提出する8月末に向けて、「改善すべき点を早期に共有する」ためです。
つまり財務省は、「問題点を指摘して終わり」ではなく、「来年度の予算要求に反映させよ」と明確にアクションを求めているのです。
2025年調査の注目ポイント
今年の調査には、以下のような特徴が見られます。
テーマ設定が「新技術」「公平性」「費用対効果」に集中
2025年調査では、自動運転や医療DX、国民健康保険など、新技術の導入や制度の公平性が問われるテーマが目立ちました。背景にあるのは、「持続可能な社会保障」と「技術革新の社会実装」を両立させたいという国の政策方針です。
特に、自動運転バスのような“未来型の社会インフラ”は、費用が高く、導入地域が限られるため、財務省としては「お金の使い方に見合った成果が出ているか?」を強く問う形となりました。
成果指標の欠如が目立つ
多くの事業で、KPI(重要業績評価指標)やアウトカム(最終的な成果)を設定していない点が課題として指摘されています。例えば、バスの実証実験をしていても、「何人の乗客がいて、どのくらいの便益があったのか」が記録されていないケースがあるのです。
財務省は、今後の事業計画や補助金申請において、こうした成果指標の明確化を求めています。
財政支援の「公平性」にも踏み込み
たとえば国民健康保険組合への補助では、「医師や薬剤師の職域組合は所得が高いのに、補助率は一律」という問題がありました。今年の調査では、所得上限を設けた計算方式が「実態を正しく反映していない」として、制度の見直しが要請されています。
これは単なる数字上の問題ではなく、制度全体の信頼性と公平性にかかわる指摘です。
財務省が目指す“予算の見える化”
予算執行調査は、国民にとっての「見えない予算の使い道」を“可視化”する試みでもあります。予算と成果のつながりが不明確な事業は、たとえ内容が素晴らしくても説得力に欠けてしまいます。
財務省は今後、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)の考え方を各省庁に浸透させることで、「予算→成果→次の政策」という流れをより強固にしていこうとしています。
注目事例:自動運転バス事業の“盲点”
2025年の予算執行調査の中でも、特に注目されたのが「自動運転社会実装推進事業」です。これは、国土交通省が自治体などと連携して実施している事業で、無人で走行する“レベル4”の自動運転バスの導入を支援するものです。日本政府は2027年度までに100か所以上でレベル4の自動運転サービスを実現するという野心的な目標を掲げていますが、財務省の調査では、この事業の「実用化の見通しが甘い」「費用対効果が低い」など、複数の問題点が指摘されました。
問題点①:走行距離が200メートル!? 実証実験の中身に疑問
最も驚きをもって受け止められたのが、ある実証実験で「走行距離がわずか200メートル程度」しかなかったという事例です。いくら実証とはいえ、これでは通勤や通学、観光などの移動手段としての信頼性を測るには不十分です。実際に、調査で確認された実証地域のうち、およそ8割が「既存バス路線の置き換えや、収益化に向けた計画を持っていなかった」ことも明らかになりました。
つまり、多くの実証実験が「とりあえず走らせてみた」という段階で止まっており、社会実装に向けた準備が不十分だったというのが財務省の見立てです。
問題点②:コストが高すぎる。持続可能性に課題
この事業では、1台の自動運転バスにかかる平均事業費が約1.5億円、そのうち車両費だけでも1.1億円にのぼるケースが報告されています。これは、通常の小型バスと比べて約4〜5倍という非常に高い水準です。にもかかわらず、運行によって得られる収益は限られており、多くの自治体では補助金なしには継続できないというのが実情です。
財務省は「運行収入や自治体の独自財源によって持続可能な運用モデルを構築せよ」と明確に要請しており、「補助金依存型の運用」からの脱却が必要だと強調しています。
問題点③:目標や成果指標があいまい
調査では「自治体ごとの実証計画がばらばらで、成果指標(KPI)や達成目標が明確に設定されていない」との指摘もありました。たとえば「何人の住民が利用したのか」「どのくらいの時間短縮・コスト削減につながったか」といった定量的なデータが不足していたのです。
このような状況では、国として“成功した実証”と“失敗した実証”を比較・分析することができず、次の戦略策定に活かすことも困難になります。
財務省からの要請:実績評価制度の導入とマイルストーンの明示
これらの問題を受け、財務省は国交省に対して以下のような改善を求めました。
- 実績評価制度の導入:各地域の実証事業に対して、運行距離・利用者数・コスト回収率などの実績データを収集し、事業評価を実施する
- マイルストーンの設定・公表:レベル4の社会実装までに必要なステップ(例:住民説明→車両導入→定常運行→収益化)を明確にし、その進捗を可視化する
- 車両価格の低減とコスト抑制策の検討:量産効果や国際標準の導入で調達価格を下げ、地方でも導入しやすくする工夫を行う
これにより、「単に補助金を受けて実証実験を行う」から、「補助金の成果を測定し、次の導入判断に活かす」ステージに進むことが求められています。
自治体に求められる姿勢とは?
こうした調査結果を踏まえ、自治体が今後求められるのは「事業計画段階での出口戦略設計」です。補助金を得ること自体が目的になってしまっては本末転倒であり、以下のような視点が重要になります。
- その地域で本当に必要な移動手段なのか?
- 既存の交通インフラとどう連携するのか?
- 何をもって“成功”とするのか?その指標はあるか?
- 補助金終了後、どうやって継続するのか?
特に少子高齢化が進む地域では、自動運転バスの導入が“交通空白地帯の解消”につながる可能性もあります。しかしそのためには、住民ニーズと事業計画の整合性が問われる段階に入っています。
注目事例②:国民健康保険組合補助の公平性問題
2025年の予算執行調査で大きな焦点となったもう一つの事業が、「国民健康保険組合(以下、国保組合)への国の補助金制度」です。これは、医師や薬剤師、建設業界関係者など、特定の職業ごとに設立されている国保組合に対し、国が医療費の一部を補助する仕組みです。
一見すると社会保障の一環として当然の制度にも見えますが、今回の調査では「補助のあり方が現実に即していない」「高所得者に対して過剰な支援になっている」といった問題が指摘され、制度設計の根幹に関わる改革が求められました。
どんな制度?なぜ問題なのか?
国保組合は、一般的な市町村が運営する国民健康保険とは別に、特定の職業に従事する人々のための健康保険制度です。組合ごとに保険料や給付内容を設定し、財政状況に応じて国から補助を受けています。
具体的には、療養給付費(医療機関に支払われる費用)のうち、一定割合が国から「定率補助」として支給される仕組みです。ところがこの「定率補助」が、一部の高所得組合に対して不公平に機能していることが明らかになりました。
問題点①:平均所得の“見かけの低さ”にごまかし
現在、国保組合の補助率は、平均所得が年間240万円以上の組合で一律13%に設定されています。しかし、この「平均所得」には、上限1,200万円という“頭打ち”が設けられています。
たとえば、実際の平均所得が800万円の組合でも、1,200万円を超える高所得者の所得は1,200万円としてカウントされるため、見かけの平均所得が下がってしまうのです。実際に、今回調査対象となった「医師国保」では、実態としての平均所得が812.2万円であるにもかかわらず、計算上は390.6万円にとどまっていました。
これは、「本当は補助率を下げるべき高所得層に対し、過剰な税金投入が行われている」ことを意味します。
問題点②:定率一律補助の“ざっくり感”
さらに問題視されたのが、240万円を超えると一律13%という、あまりに単純化された補助率設計です。実際の組合には、平均所得が250万円のところもあれば、700万円を超えるところもあるのに、一律で同じ13%の補助が行われているのは合理性に欠けます。
財務省はこれに対し、「補助率の区分を細分化し、よりきめ細かく設定すべきだ」と提言しました。具体的には、所得帯ごとの段階的な補助率設計や、一定の準備金を持っている組合に対しては補助を抑制する、といったアプローチが考えられます。
問題点③:保険料水準にもバラつき
調査では、所得水準の高い組合では保険料が定額制になっており、結果的に市町村が運営する一般的な国保よりも保険料負担が3割以上低くなるケースも見つかりました。これは、「高所得者に対する優遇」にも映りかねません。
制度としては合法であっても、国民の理解を得るには「公平性」という観点から再設計が必要といえます。
財務省の改善要請ポイント
こうした問題を受け、財務省は以下の点で制度改善を求めました。
- 平均所得算定の上限撤廃:実態に即した平均値を使うことで、補助率の妥当性を再検討
- 補助率の細分化:一律13%ではなく、所得帯別に段階的補助を設定
- 保険料水準と準備金の実態把握:過剰な積立をしている組合には補助を制限する仕組み
- 定額制の保険料と市町村国保との負担差を精査:制度間の整合性確保
これらを踏まえて、厚生労働省には2026年度の概算要求に反映させるよう強く要請されています。
なぜ今この問題が浮上したのか?
国の財政は年々逼迫し、高齢化や医療費の増加によって社会保障費は拡大する一方です。その中で、同じ税金が投入されるなら「より必要としている層」へ優先的に分配されるべきという議論は、ますます重要になっています。
また、国保組合の制度は一見すると“職能団体の福利厚生”のようにも見えますが、その運営の一部が税金によって成り立っている以上、透明性や説明責任が強く求められています。
自治体や関係者に求められる視点
この事例から学ぶべきは、「制度が長年運用されているからといって、現代の実情に合っているとは限らない」という教訓です。国保に限らず、各種補助制度や公的支援の設計には、以下のような視点が必要です。
- 制度設計は“公平性”と“実効性”のバランスで行う
- 所得や資産の分布と補助の対象がずれていないかを常に点検
- 「形式的平等」ではなく「実質的公平」を追求する
特に自治体職員や制度設計に関わる担当者は、既存制度の「慣例」や「形式」にとらわれず、時代に合わせた見直しが求められます。
なぜ予算執行調査が重要なのか?
「予算執行調査」と聞くと、どこか堅苦しく、財務省が各省庁の“重箱の隅”をつついているようなイメージを持たれがちです。しかしその本質は、単なる「無駄探し」ではありません。予算執行調査の目的は、国民の税金が適切に使われ、社会にどんな成果をもたらしたかを明らかにすることです。これは単なる事後チェックではなく、「政策を見直し、質を高めるためのエンジン」だと言えるでしょう。
予算執行調査の本質は「EBPM(証拠に基づく政策)」
近年、政府や自治体の間で注目されているのが「EBPM(Evidence-Based Policy Making)」です。これは、感覚や慣例ではなく、データや実績といった“エビデンス”に基づいて政策を立案・改善していく考え方を意味します。
予算執行調査は、まさにこのEBPMを実現するための具体的な仕組みです。たとえば次のような流れで活用されます。
- 各府省の事業がどう実施されたかを現地で点検
- 効果が薄かった事業や、コストが見合わない取り組みを特定
- 改善の方向性を明示し、次年度の予算編成に反映
- 政策の“PDCAサイクル”を回す仕組みができる
つまり予算執行調査は、単なる“結果報告”ではなく、将来のより良い政策づくりにつなげる“改善ツール”なのです。
なぜ今、より重要性が高まっているのか?
かつては、ある程度の経済成長と税収の拡大が前提とされていましたが、現在は違います。人口減少・高齢化・税収構造の変化などにより、「限られた財源で最大の効果を出すこと」が求められる時代に突入しています。
その中で、以下のような理由から予算執行調査の重要性が年々高まっています。
- 社会保障費の膨張:制度の維持だけで税金が吸い取られる中、新たな施策には常に“取捨選択”が求められる
- 新技術への投資増加:自動運転やデジタル技術など、「正解の見えにくい」分野での税投入が増えている
- 国民の“目”の変化:SNSやメディアを通じ、税金の使い道への監視や批判が強まっている
こうした時代背景において、「成果が見えない施策」「続ける理由が曖昧な支出」は、より厳しい検証の目にさらされるようになっています。
調査がもたらす3つの意義
以下は、予算執行調査がもつ主な意義を3つの視点から整理したものです。
政策の“健康診断”としての機能
事業が設計通りに動いているか、目的は果たされているか、費用は妥当か――これらを「定期的に、客観的に見直す」という点で、予算執行調査は政策の健康診断のような役割を担っています。問題が小さいうちに気づき、軌道修正できることは、財政の持続性にもつながります。
政策形成プロセスの進化
これまでの日本の政策は、「制度ありき」「年度予算ありき」で進むケースも多くありました。しかし予算執行調査を通じて、「成果から逆算して制度を見直す」という流れが少しずつ生まれています。これは、前述のEBPMにとっても重要な一歩です。
地方や民間への“メッセージ効果”
予算執行調査の内容は原則公表されます。そのため、事業主体となる自治体やNPO、民間企業にとっても、「どういった点が評価・指摘されるのか」を知る指針になります。たとえば、
- 自治体:補助金の使い方に“戦略性”が求められる
- 企業:事業提案における「費用対効果」の明示が重要になる
- NPO:定量的な成果と社会的意義をどう示すかが評価される
といったように、今後の事業設計に大きく影響する「見えざる評価基準」として機能しているのです。
単なる“査察”ではない。未来をつくるための制度
予算執行調査は、国民にとって「不正をあばく制度」ではなく、「よりよい政策をつくるためのナビゲーション」です。調査結果を否定的に捉えるのではなく、“次の一手”を考えるための貴重なフィードバックと位置づけることで、行政も企業も建設的な改善につなげることができます。
自治体や企業が今からできること
予算執行調査が明らかにするのは、「今ある事業が本当に効果を発揮しているのか?」という問いです。では、調査の対象となる立場である自治体や、間接的に国費を受けて事業を行う民間企業は、どのような対策や準備をすべきでしょうか?
ここでは、調査で問われるポイントを踏まえた「実務的な対応」や「事業設計上の注意点」を具体的に解説します。
KPI(評価指標)を事前に明確に設定する
予算執行調査では、実績の定量評価が特に重視されます。つまり「どのくらい人が使ったのか」「どの程度の成果があったのか」といった数値で測れる成果(KPI=重要業績評価指標)を明示しているかどうかがカギとなります。
たとえば自動運転バスの例では、
- 実証期間中の延べ乗車人数
- 通常のバスと比べた運行コスト・収支
- 地域住民の満足度(アンケートなど)
といった指標をあらかじめ設定しておけば、調査時に「何を根拠に事業の成功を判断するか」が明確になります。
逆にKPIが曖昧なまま進めてしまうと、「何をもって成功とするか」が不明確になり、結果として財務省や国民の目に“ムダな事業”と映ってしまう危険があります。
アウトカム(成果)を「見える化」する
KPIが設定できたら、次に重要なのはアウトカムの見える化=成果の可視化です。
これは、単に「利用者が〇人いた」というだけでなく、地域や社会にどんな変化をもたらしたかを、数値やストーリーとして可視化することです。
たとえば、
- 「買い物難民」対策として導入した自動運転車によって、月間の買い物頻度が平均2回から5回に増加
- 医療DXによって診療予約のキャンセル率が15%減少
- 保育支援アプリ導入により、問い合わせ電話の8割がアプリ上で完結
など、具体的な変化を提示できると、説得力のある説明になります。
ストーリー性と社会的意義を整理する
数字だけでは伝わらない「なぜこの事業が必要だったのか」「地域にどう貢献したのか」というストーリー性もまた、調査で問われる重要な要素です。
特に自治体にとっては、
- 高齢化や人口減少といった地域課題への対応
- 他の地域でも応用可能な汎用性
- 市民からの声・ニーズに基づいた事業であること
などがあると、事業の“正当性”や“再現性”を主張しやすくなります。単に「やってみました」ではなく、「なぜ、どのように、誰のために実施したか」を筋道立てて説明できることが求められます。
補助金依存モデルから脱却する設計を
調査では「補助金がなければ成立しない構造」であるかどうかも見られます。これは特に、事業の持続性や再現性を問う重要なポイントです。
たとえば次のような対策が有効です。
- 民間企業との連携で一部費用を分担(例:広告・スポンサー導入)
- サブスクリプションや有料化による収益確保
- 地域ファンドやクラウドファンディングの活用
こうした補助金に頼らない自立的な運営モデルがあると、調査の評価も高くなりますし、事業としても長続きします。
「調査される前提」で事業を設計する
最大のポイントは、あらゆる公共事業・補助事業が「いずれ予算執行調査の対象になりうる」という意識で設計されるべきだということです。
これはつまり、事業開始前から次のような視点を持っておくことです。
- 「この事業は本当に必要か?」という問いに答えられるか
- 「何をもって成果とするのか」が明示されているか
- 「その成果は誰にとって意味があるのか」が説明できるか
こうした姿勢は、予算調達のためだけでなく、社会に向けて納得のいく説明責任を果たすという点でも重要です。
具体的に今から始めるべきこと
対応項目 | 具体的アクション |
---|---|
KPI設定 | 目標値と測定方法を決め、事前に文書化 |
成果記録 | 住民アンケート・利用実績・報告書の整備 |
ストーリー整理 | 事業の背景・狙い・将来構想をまとめておく |
財源の分散 | 他の資金源(民間、利用料など)の検討 |
予防的対応 | 「調査報告を求められたら?」という仮定で報告資料を準備しておく |
予算執行調査は、“やりっぱなし”の事業から“成果で評価される”時代への転換を促しています。これからの自治体・企業の取り組みは、「お金を使って何を生んだのか」「それが社会にどのように貢献したのか」を、明快に語れるかどうかにかかっています。
予算執行調査は“政策の健康診断”
ここまで、財務省による「予算執行調査」について、その仕組みや背景、2025年の注目事例、そして自治体・企業が取るべき行動までを解説してきました。最後にもう一度、この制度が社会に果たす意義を整理しつつ、読者の皆さんがどのようにこの調査を受け止め、活用すべきかをまとめていきましょう。
予算執行調査は“税金の使い道の可視化”である
予算執行調査とは、政府が使ったお金が「本当に効果的だったのか?」を後からチェックする仕組みです。ここで問われるのは、「お金を使ったこと」ではなく、「お金を使って何を生んだのか」です。
たとえば、自動運転バスの導入に1.5億円を投じても、それが200メートルの試験走行だけで終わったら、費用対効果は非常に低い。高所得者が集まる職域の保険組合に、多額の補助が行われていれば、それは公平性の観点から問題です。
予算執行調査は、こうした「制度のゆがみ」や「見落とされてきた無駄」をあぶり出す“照明”のような存在です。
「失敗を暴く制度」ではなく「未来を整える制度」へ
予算執行調査という言葉から、“査察”や“吊るし上げ”のようなネガティブな印象を持つ方もいるかもしれません。しかし、本質は違います。これは過去の失敗を責める制度ではなく、未来の成功を支えるための制度なのです。
調査によって事業の課題が見えれば、制度を改善し、次はより良い形で実施できる。つまり、予算執行調査は「やめるため」ではなく、「続けるため」の視点を持つべきものです。
事実、調査の指摘を受けて、KPIを整備し、補助金の配分基準を見直し、運用体制を改善した自治体や省庁の事例も増えています。調査は、成長や改善のきっかけとして機能しているのです。
「政策の健康診断」として日常化すべき
予算執行調査は、医療でいうところの「定期健診」に近い役割を果たします。
・問題が表面化する前に兆候を見つける
・重大な制度不備を未然に防ぐ
・継続的なモニタリングで改善の方向性を示す
この観点からも、調査は“例外的な監査”ではなく、“日常的な事業運営の一部”として定着させることが大切です。
自治体職員や企業の担当者は、「いずれ調査される」ことを前提に、予算の使い方を設計し、実行し、振り返ることが求められています。