改正旅費法の成立背景と全体像
改正旅費法とは、国家公務員が出張や赴任などの公務で移動をするときに支給される「旅費」を、これまでの方式から大きく変える法律です。多くのニュースや官公庁資料では、「2025年4月1日から施行される法改正」として話題になっています。現在の旅費制度は1940年代から1950年にかけて大枠が定められ、70年以上もの間、部分的な金額改定などはされてきたものの、抜本的に見直される機会はほとんどありませんでした。
しかしここ数年、物価の上昇や為替レートの急変、さらにホテル代や交通費のダイナミックプライシング(需要に応じて価格が変動する仕組み)が進んだことで、従来の「定額支給」方式では実態に合わないケースが急増していました。たとえば国内出張であっても、インバウンド需要の増大によって都市部のホテル宿泊費が急騰し、定額の範囲内では泊まれない状況が続出していたのです。そのたびに、各省庁が財務省と個別に協議して増額調整する、という手間のかかるフローが生じていました。
また、海外出張の場合でも、ニューヨークやボストンといった物価の高いエリアでは、日本円換算で1泊あたり5万円を超えるような実費がかかるケースが珍しくありません。にもかかわらず、旅費法に定められた定額上限との差が激しく、現場で埋めるには協議手続きが不可欠でした。こうした手続きは不透明さや事務負担を生みやすく、近年では行革・DX推進の一環として改善が求められていたのです。
さらに、時代の変化とともにテレワークや自宅からの直行直帰といった多様な働き方が進み、職場(官署)に出勤せず直接目的地へ向かう形の出張も増えてきました。しかし旧法(改正前)は「官署を出発地とする」というルールを基本にしていたため、自宅から出発するときの旅費が実際より少なくなってしまう場合もありました。
こうした問題を踏まえ、財務省は2025年度以降の実費精算方式への切り替えを柱にした見直し案をまとめ、国会審議を経て改正旅費法が成立したのです。
ポイント整理
- 実費支給(上限付き)への切り替え:ホテル代や引越し代などを定額ではなく、上限を設定したうえで必要経費を弁償
- 距離制限廃止:国内特急料金を「片道100km以上」の場合のみ支給、などの旧ルールを撤廃
- デジタル化対応:旅費請求書や旅行命令簿の紙様式廃止、システム化促進
- 旅行代理店への直接支払い:職員の立て替え負担を軽減
これらの措置によって、国家公務員の出張精算手続きは大きく様変わりすることになります。自治体や一部の民間企業でも国の制度を参照するところが多いため、広い範囲に影響が及ぶと考えられています。この第1章では背景をざっくりと述べましたが、次章では、もう少し詳しく「具体的に何がどう変わるのか」を見ていきましょう。
具体的な変更点と新制度のポイント
ここでは、今回の改正旅費法で変わるポイントを、大きく4つに分けて解説します。現行制度と比較しながら、どの部分が使いやすくなるのか、あるいは注意すべき点はどこなのかを見ていきましょう。
宿泊費:定額支給から「上限付き実費支給」へ
最も大きな変更が、宿泊費の扱いです。
これまでは「課長補佐クラスは都内一泊あたり1万9000円まで」といったように、法律で定めた定額が基本でした。しかしホテル料金は変動しやすく、定額内に収まらないケースが増えていました。たとえば東京23区や京都市、埼玉県の一部エリアのホテル代が1万9000円を超えることもあるため、各府省庁で財務省に個別協議するという手続きが必要だったのです。
今後は、法律で定額を決めるのではなく、政令や省令で「地域別・職階別に上限額を設定」し、実際の宿泊料金を領収書などで証明できれば、その範囲内で実費を受け取れます。上限を超える場合はさらに別途の許可手続きが必要ですが、定額との差額をいちいち協議しなくてもよくなるメリットが大きいです。
また、パック旅行(交通とホテルがセットになった割安プラン)を使った場合も、それに応じた「包括宿泊費」という新種目が追加され、交通費+宿泊費の合計上限内であれば申請が簡易になる想定です。
日当の見直し:昼食代→対象外、宿泊手当は夕朝食の掛かり増し等をカバー
これまでの旅費法では、「日当」という形で昼食代や細かな目的地内交通費までひとまとめにする考え方がありました。たとえば「100km未満なら日当半額」など、かなり細かいルールが残っていました。しかし最近は交通費を検索しやすく、ネットで経路を選べば実費支給にしやすい環境です。そこで、昼食代は「そもそも勤務時でも食べるため、公務で増える分ではない」として支給対象外になりました。一方、夕食や朝食、宿泊によって必要になる雑費については、「宿泊手当」として定額を支給する形に整理されています。
つまり、「日当」→「宿泊手当」へ切り替わり、主に「宿泊を伴う出張における諸雑費」をカバーする仕組みです。昼食代が無くなって困る職員はいるかもしれませんが、宿泊に関する部分は実費支給に移行し、夕朝食分は手当で補う形なので、公務出張の実態と比較して大きくマイナスになるわけではないという見方が多いです。
交通費:特急料金の距離制限廃止
「特急券は片道100km以上でなければダメ」という現行ルールが撤廃されます。これは、当時(1950年代)の鉄道事情を前提にした規定でしたが、いまや交通網が発達し、特急利用が当たり前の時代。短距離でも速達性や利便性が高い特急列車に乗りたい場合は多々あります。
改正後は、出張の必要性に応じて「公務上必要」と判断されれば、距離に関係なく特急料金が実費支給されます。タクシーやレンタカーについても「特別な事情がある場合はOK」と運用されますが、これまで「1kmあたり37円」という定額が定められていた「車賃(バス・路面電車等)」は廃止され、こちらも実費精算に移ります。
引越し旅費(移転費)と家族同行
赴任に伴う引越し代(移転料)は、いままでは「新旧在勤地の距離に応じて定額」という、やはり古いルールでした。しかし引越し料金も時期や地域によって大きく変動するため、定額が実態に合わなくなることが繰り返されていました。
このため改正では、実費+上限の方式となります。また、共働き世帯が増えるなかで、「扶養親族のみを旅費支給の対象とする」ルールも時代遅れになりつつあるという指摘があり、「同居家族」であれば扶養要件を問わず赴任旅費が支給できるように変わります。
ここまでのまとめ・キーワード
- 宿泊費:定額→上限付き実費
- 日当:昼食代を除外、宿泊手当へ一本化
- 特急料金:距離制限廃止
- 移転費(引越し):実費+上限方式、扶養要件廃止
- DX促進:紙書類の様式廃止、システム化前提
このように、改正旅費法は実費精算中心に移ることで、公務の実態に合わせやすくなる一方、不正受給を防ぐためのルール(後述)も厳格化される見込みです。次章では、この法改正が国や社会全体にどのような影響を及ぼすのか、さらに掘り下げていきます。
改正旅費法がもたらす社会的インパクト
改正旅費法は、単なる「公務員の手続き変更」にとどまりません。多くの自治体では、国の制度を準用したり、参考に条例を設計したりしているところが多いからです。また、ニュースの報道にもあるように「地方公務員にも影響が及ぶ可能性がある」と指摘されています。さらに大学法人や一部の民間企業でも旅費規程を独自に定める際、国の指針に倣う動きが見られます。そのため、今回の法改正の余波は以下のような広がりを見せる可能性があります。
自治体への波及
自治体職員の出張旅費は多くの場合、国と同等か、それをやや調整した形で条例などに定められています。国が実費支給へ大幅に切り替えることで、自治体でも「宿泊費上限はいくらに設定するか」など、細かな見直しが検討されるでしょう。実勢価格の調査や上限額の定期的な再検討など、地方議会での議論が増える可能性があります。一方、地域によってはホテル料金が安価な場合もあるため、一律に国の上限を当てはめるかどうかが争点になるかもしれません。
民間企業への示唆
改正旅費法そのものは公務員向けの規定ですが、かねてより「出張手当や実費精算のルール策定を、国の制度を参考にしている」という企業は多いです。特に、宿泊費の上限などは業種や地域によっても異なるため、法改正を機に「うちも実費精算に切り替えようか」と検討する会社が増えてくると考えられます。これによって出張精算システムやコーポレートカードの需要がさらに拡大し、請求手続きの電子化・効率化が一気に進むことが期待されます。
不正防止と監査体制の強化
宿泊費や交通費が実費精算に変わると、領収書やレシートが必須となります。今までは定額内に収まる限り、あまり厳密な領収書のチェックが必要なかった場面もありましたが、今後は上限があるとはいえ「実際に支払った金額」がベースです。これに伴って、故意に領収書を改ざんするなどの不正がないよう、監査体制を強化する必要があります。
改正法には「不正に受給した旅費は返納させる」「必要に応じて給与から控除する」といった規定が盛り込まれており、各省庁への監督権限を財務大臣が持つ形になっています。自治体や民間企業でも「不正防止」を意識したルールの運用が進むかもしれません。
テレワーク・多様な働き方への柔軟対応
近年は自宅で勤務するテレワークやワーケーションなどが浸透しつつあります。改正旅費法では、官署(職場)からの出発に限らず、自宅発の出張にも柔軟に旅費を支給できるよう定義が変わっています。この点は働き方改革の面で大きな前進でしょう。とくに地方在住の職員や、定期的に地方へ帰省するケースなど、今までより自由度が増し、公務の効率化にもプラスに働くと考えられます。
ここまでのポイント
- 自治体や企業への「制度波及」
- 領収書が不可欠となり、不正防止策の強化
- テレワークの出発地問題もスムーズに解消
このように、改正旅費法は公務員の旅費支給をスムーズにするだけでなく、社会全体のガバナンス強化や出張文化に影響を与える可能性を秘めています。
施行までのスケジュールと注意点
- 施行時期:2025年(令和7年)4月1日
- 政省令の整備:宿泊費などの具体的な上限額や、細かな計算ルールは「政令・省令」で定められる予定。財務省からは、ホテル相場や運賃などの実態調査を踏まえて段階的に公表される見通しです。
- 各省庁の内規づくり:今までの紙ベース様式が廃止されることもあり、それぞれの省庁が旅費精算システムをどのように整備するか、内規づくりを含めて準備が進められています。地方自治体や大学法人、民間企業でもこれに合わせて規程を更新するケースが出るかもしれません。
改正内容を十分に理解していないと、たとえば「上限の確認をしないまま高額ホテルを予約して、後で精算できず自腹を切る」などのトラブルが起こり得ます。施行後は情報収集を怠らず、出張のたびに最新のガイドラインやシステム操作を確認することが重要です。
業務効率化とDX(デジタル・トランスフォーメーション)の加速
改正旅費法は「紙の様式」縛りを廃止するので、オンライン申請やクラウド型精算がより一層加速されると見込まれています。具体的には、次のようなDXが期待できます。
- 電子領収書の標準化
→ ホテルや航空会社、代理店が電子的に領収書を発行し、職員はシステムにアップロードするだけ - 自動計算システム
→ 移動区間や宿泊地を入力すると、システムが上限金額や宿泊手当を自動で割り出す - リアルタイム監査
→ データが一元管理されるため、不正検知システムとの連動などでガバナンスが強化される
このような流れは、時間や労力の削減だけでなく、コロナ禍以降広がった「オンライン会議の活用」や「テレワーク」とも相性が良く、業務効率をさらに高める可能性を秘めています。
不正防止と運用ルールの徹底
一方で、全て実費請求となると悪用のリスクがゼロではありません。 そこで改正法は「不正受給があった場合の返納義務」と「給与などからの控除権限」を明文化しました。また財務大臣が各庁へ監督できる規定も入り、「宿泊費の上限を超えて支給していないか」「領収書と申請内容に矛盾はないか」など、実地監査が定期的に行われる見通しです。
職員としては、虚偽申請を防ぐための自己チェックがますます重要になりますし、担当部局では適正運用マニュアルや内部統制システムを整える必要があります。自治体や民間企業でも、不正防止策を自社ルールにどこまで取り入れるかが検討課題となるでしょう。
私たちが備えるべき「答え」と今後の課題
ここで「まとめた上での答え」として、以下のような備えが考えられます。
- 最新情報の収集・ルールの周知
- 施行日前に政省令が出揃うため、その時点で定められる上限金額や要件を早期に把握し、組織内で共有する。
- 「出張ガイドライン」や「経費精算マニュアル」を改訂し、職員全員が混乱なく運用できるよう周知徹底する。
- システム導入とデジタル化推進
- 紙の様式が廃止されることを踏まえ、旅費精算システムや電子領収書保管システムを導入する。
- 自動計算機能や不正検知機能を備えたサービスを活用し、事務コストと不正リスクを同時に削減する。
- ガバナンス強化と監査体制の整備
- 不正受給防止のため、領収書の確認方法や内部監査の頻度、監査ルールを具体化する。
- 財務大臣が監督できる仕組みが導入されることを見据え、国へのレポートや監査対応をスムーズに行う体制を構築する。
- 柔軟な働き方への適応
- 自宅やサテライトオフィスを出発地とする出張が増える可能性を踏まえ、手続き方法をわかりやすく整備しておく。
- テレワーク中に急きょ出張する場合にも混乱が起きないよう、申請フローやシステム操作を明確化する。
今後も物価や為替相場が激しく変動することを考えれば、「旅費を定額で固定しておく」やり方より、今回のように「時代に合わせて見直ししやすい実費支給方式」に切り替わるのは必然といえるでしょう。改正旅費法はその大きな一歩となりますが、運用のしかた次第では事務負担の軽減と不正対策を両立できます。と同時に、出張にかかる費用対効果をもっとシビアに考え、「本当に出張が必要か?オンライン会議で代替できないか?」といった検討も進むと予想されます。
まとめ
- 改正旅費法は2025年4月1日施行
- 宿泊費・移転費などを上限付き実費にシフト
- デジタル化推進で紙様式を廃止し、システム化と内部統制を強化
- 不正防止のための返納義務・給与控除規定を明文化
- テレワーク普及など、多様な働き方に対応した柔軟な旅費制度を目指す
これから公務で出張する機会のある方や、自治体・企業で旅費規程を持つ方にとって、「実費支給・DX化・不正防止」3点は欠かせないキーワードになっていくはずです。本法改正をきっかけに、出張に関するルールやシステムを一度見直してみると、新たな業務効率化や公費削減につながるかもしれません。