2026年4月、茨城県で全国の自治体に先駆けた異例の新制度が施行されます。不法就労している外国人に関する情報を募り、県警の摘発に繋がった場合、情報提供者に対して数万円程度の「報奨金」を支払うというものです。
昨今、日本国内では人手不足を背景とした外国人労働者の存在感が増す一方で、不法残留やそれに伴う治安への不安も社会問題化しています。特に茨城県は、不法就労者の摘発数が3年連続で全国最多という深刻な課題を抱えており、今回の施策はその「ワースト1位」脱却を目指す大井川知事による、極めて踏み込んだ一手と言えます。
しかし、この発表に対し、SNSやネットニュースのコメント欄では「当然の措置」と評価する声がある一方で、「お金目当ての虚偽通報が横行するのではないか」「差別やヘイトを助長し、外国人狩りに繋がる」といった懸念の声も根強く、賛否が真っ向から対立しています。
本記事では、2026年4月から始まるこの新制度がどのような仕組みなのか、なぜ茨城県が独自に導入を決めたのか、そして運用にあたってどのようなリスクが懸念されているのか。客観的なデータと多角的な視点から徹底解説します。
なぜ茨城県なのか?背景にある「全国最多」の不名誉な現状
今回の新制度が茨城県で導入される最大の理由は、同県が抱える「不法就労摘発数全国最多」という極めて深刻な現状にあります。
出入国在留管理庁のデータによれば、2024年の茨城県内における不法就労者の摘発数は3,452人。これは東京都や大阪府といった大都市圏を抑え、3年連続で全国ワースト1位という数字です。県内の不法就労が常態化している背景には、大きく分けて2つの要因があると考えられています。
日本屈指の農業県ゆえの需要
茨城県は全国有数の農業地帯であり、特に広大な農地での収穫作業などにおいて、常に大量の労働力を必要としています。人手不足が深刻化する中で、正規の手続きを踏まない安価な労働力が一部の現場で「供給源」となってしまっている実態が指摘されています。
摘発を逃れやすい地理的要因
都市部と異なり、県内各地に点在する工場や農場は外部からの目が届きにくく、不法残留者が潜伏しやすい環境にあります。警察や入管当局による巡回だけでは、これら広大なエリアを網羅することは物理的に困難であり、これが摘発を難しくさせる要因となっていました。
行政が投じた「劇薬」としての報奨金
大井川和彦知事は記者会見において、「不法就労が全国トップクラスという問題に対し、抜本的な対策を取らなければならない」と強い危機感を表明しました。
実は、不法就労者に関する通報で報奨金を支払う仕組み自体は、1951年から施行されている「入管法第66条」に基づき、国(入管庁)が既に実施しています。しかし、この制度は一般に広く知られているとは言えず、効果も限定的でした。
今回、茨城県が「自治体独自の予算」として数万円の報奨金を計上し、大々的に制度化を打ち出したのは、単なる摘発の効率化だけではありません。「不法就労を許さない」というメッセージを県民に広く発信し、民間からの情報をテコにして、長年続いた「不法就労ワースト1位」という不名誉な記録に終止符を打つための、いわば「劇薬」としての狙いがあるのです。
国にもある「入管法第66条」と自治体独自の踏み込み
今回の茨城県の施策に対し、「民間人が他人を通報してお金をもらうのは法的、倫理的にどうなのか」という疑問を抱く方も少なくありません。しかし、法的な枠組みで見ると、実は「通報による報奨金」という仕組み自体は戦後間もない時期から日本に存在しています。
国の制度:入管法第66条(報奨金の交付)
出入国管理及び難民認定法(入管法)第66条には、以下のような規定があります。
入管法 第六十六条 不法残留や不法就労などの情報を提供した者に対し、その情報に基づき退去強制令書が発布された場合、法務大臣は5万円以下の報奨金を交付することができる。
つまり、国(入管庁)のレベルでは1951年から既に実施されている「適法な制度」なのです。茨城県の試みは、この既存の法律が定める仕組みを「自治体レベルで補完・強化するもの」と位置づけられます。
なぜ「自治体独自」が注目されるのか
国に制度があるにもかかわらず、なぜ茨城県がわざわざ予算を組んでまで独自の制度を作るのでしょうか。そこには「実効性」と「連携」の2つの狙いがあります。
- 情報の集約先を「身近な県警」に: 国の制度は主に入管庁が窓口ですが、茨城県の新制度は、より地域に密着した「県警」への情報提供を促し、摘発までのスピードを上げる狙いがあります。
- 独自の予算配分: 国の報奨金交付には厳格な条件があり、実際に支払われるケースは限定的です。茨城県が独自に「数万円程度」の予算を盛り込むことで、より積極的な情報提供を呼びかけるインセンティブにする意向が見て取れます。
制度運用の「法的なハードル」
一方で、自治体が独自の報奨金制度を運用する上では、慎重な法的運用が求められます。単なる「噂」や「推測」での通報は、名誉毀損やプライバシーの侵害に抵触する恐れがあるためです。
茨城県は、あくまで「県警の摘発に繋がった場合」という厳しい条件を設けることで、根拠のない通報を抑制しようとしています。しかし、自治体が「民間による監視」を金銭で促すという点については、公権力の行使のあり方として、法学者や人権団体から引き続き議論の的となることが予想されます。
期待される「犯罪抑止」と危惧される「社会の分断」
2026年4月の施行を前に、この制度を巡る議論は真っ二つに分かれています。主な賛成意見と反対・懸念意見を整理すると、現代の日本が抱える外国人政策への複雑な感情が浮き彫りになります。
【賛成派の視点】「法治国家として当然の措置」
制度を支持する人々が最も重視するのは、「法の支配」と「公平性」です。
- 犯罪の温床を絶つ: 不法就労は、それ自体が犯罪であるだけでなく、偽造在留カードの売買や、SNSで問題となっている「闇バイト」などの二次的な犯罪に繋がるケースが少なくありません。これらを未然に防ぐための強力な一手として期待されています。
- 正直者が馬鹿を見ない社会: 正規の手続きを踏み、高い手数料や税金を払って真面目に働く外国人労働者からすれば、ルールを無視して働く不法就労者は、自分たちの権利や労働市場を脅かす存在です。ルールを守る人を守るために、不法を正すのは当然だという論理です。
【懸念・反対派の視点】「外国人狩り」と「冤罪」のリスク
一方で、人権団体や一部のSNSユーザーからは、「社会の不寛容さを加速させる」という強い警戒感が出ています。
- 外見による差別の助長: 「怪しい」という主観的な判断で通報が繰り返されれば、適法に滞在している外国人までが常に周囲の目を気にするようになります。これがエスカレートすれば、ゲーム感覚で特定の属性を狙い撃ちにする「外国人狩り」が起きかねないという懸念です。
- 虚偽通報と人間関係の破壊: 報奨金という「金銭的な報酬」が目的となることで、嫌がらせや恨みによる虚偽の通報が急増するリスクがあります。また、近隣住民同士が監視し合う状況は、地域のコミュニティを根底から壊しかねません。
- 迷惑系インフルエンサーの介入: 報奨金や「過激なコンテンツ」を求めて、一般人が不特定多数の外国人を追いかけ回す動画がSNSに投稿されるなど、公権力以外の人間が「私的制裁(ポリス沙汰)」をエンターテインメント化する恐れも指摘されています。
大井川知事の「配慮」は届くのか
こうした懸念に対し、大井川知事は会見で「真面目にやっている外国人労働者を不安に陥れるような話には絶対にならない」と強調し、運用の厳格化を約束しています。しかし、一度「通報に金が出る」という仕組みが動き出せば、現場の暴走を完全にコントロールできるのかという点に、多くの注目が集まっています。
いよいよ最後のセクションです。これまでの議論を総括し、2026年4月に向けて私たちが注視すべきポイントをまとめて締めくくります。
問われるのは「選別」ではなく「共生」の質
2026年4月1日の施行に向け、茨城県のこの決断は、他自治体にとっても一つの「試金石」となるでしょう。この制度が成功か失敗かを分けるポイントは、単なる摘発数ではなく、「社会の安全と人権のバランスをどう保つか」という一点に集約されます。
期待されるのは「精度」の高い運用
県には今後、通報の質を厳格に見極める高い能力が求められます。単なる「見た目」や「言葉の壁」による偏見に基づいた通報を排除し、組織的な不法就労のネットワークを叩くための情報として活用できるか。窓口となる県警の運用能力が試されることになります。
地域コミュニティへの影響
施行後、最も懸念されるのは地域社会の「心理的変化」です。報奨金制度が、地域住民と外国人住民の間に見えない壁を作ってしまえば、本来目指すべき「多文化共生社会」からは遠ざかってしまいます。県には、通報を促す一方で、適法に働く外国人が安心して暮らせるためのフォローアップや、正しい知識の啓発活動をこれまで以上に並行して行う責任があると言えるでしょう。
結びに代えて
「不法就労を是正する」という行政の目的は正当なものですが、その手段に「市民による通報と報奨金」という強いカードを切った茨城県。2026年4月、この制度が施行された後に起きるのが、平穏な治安の回復なのか、それとも新たな分断の始まりなのか。
全国ワースト1位という不名誉を返上するためのこの「劇薬」が、茨城県、そして日本全体の外国人政策にどのような教訓をもたらすのか、私たちは冷静にその推移を見守っていく必要があります。




